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東京地方裁判所 昭和28年(ワ)2959号 判決 1957年12月13日

原告 林栄三

右代理人弁護士 芦苅直己

同 石川秀敏

右復代理人弁護士 松井正治

同 豊島昭夫

被告 財団法人生和会

右代表者 野口明

右代理人 前野順一

同 小川利明

右復代理人弁護士 小川契弐

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

≪省略≫

理由

一、本件土地の分筆、合筆の経過が原告主張のとおりであること、同土地がもと勧銀の所有で田村伊助が建物所有を目的として原告主張の約定で勧銀から賃借し、同地上に建物を所有していたが昭和二十年五月十四、五日ごろこの建物は罹災し、引き続いて田村がこれを賃借していたこと、昭和二十三年三月原告が田村から本件土地の賃借権を譲り受け同年四月一日勧銀の承諾を得てその賃借人の地位を承継したこと及び同年九月二十五日被告が勧銀から本件土地を買い受けて同年十月十三日その登記を受けたことは、当事者間に争がない。

二、原告はその主張の第四項の(一)ないし(七)において本件土地につき被告に対し賃借権を有するに至つた旨主張するので、以下この点について順次判断する。

(一)原告は田村が本件土地につき罹災都市法第十条による対抗力を有する賃借権者であつたからその特定承継人たる原告もまた同条により対抗力を有して賃借権をもつて勧銀の特定承継人たる被告に対抗し得ると主張する。しかしながら、同条は罹災建物が滅失し又は疏開建物が除却された当時から引き続いてその敷地に借地権を有していたもののみが、その後この土地を譲り受けたものに対してこの借地権をもつて対抗し得るとの趣旨であつて、本件のように建物が滅失した当時の借地権者から特定承継によつて借地権を取得したものは同条によつてその借地権を第三者に対抗することができないと解するのが相当である。この解釈は法文上極めて明らかであつて、原告の主張は独自の見解に基くものというほかはない。

(二)次に原告は、田村から本件土地の賃借権を譲り受けるに際し、勧銀においてこの賃借権が罹災都市法第十条の対抗力を備えていることを承認したからその特定承継人である被告に対し原告はこの賃借権をもつて対抗することができると主張するけれども、罹災都市法第十条は借地法などと異り借地権の対抗力について特殊な定めをしているのであつて、その要件を満さない限り対抗力を認めていないのである。従つて、たとえ地主が原告主張のような承認をしたとしても、それだけのことでは、その地主から土地の所有権を取得した第三者に対して対抗力を生じさせる余地はないものといわざるを得ない。

(三)更に、原告は、被告において原告が勧銀に対して賃借権を有することを知つて本件土地を譲り受けたのであるから被告は勧銀の地位も当然に承継するけれども、賃貸人の地位の承継について善意悪意を論ずることがおかしいのみならず、罹災都市法第十条の法文に照らしてみても、原告の主張するような解釈をいれる余地は全然ない。

(四)原告主張の(四)ないし(六)は要するに「昭和二十三年九月若しくは昭和二十四年二月又は同年八月頃被告は原告に対し、原告が本件土地につき勧銀に対し賃借権を有することを認めた上勧銀と同一の条件で賃貸すること約束した」というのであるが、まず昭和二十三年九月に原告主張のような約束をしたと認めるべき証拠は何ら存しない。

(五)次に昭和二十四年二月に被告が本件土地及びその附近の土地につき勧銀所有時代の借地権者としてその借地権者台帳に登載されているもの(原告を含む。)を招いたことは当事者に争がなく原告主張のとおりの図面であることが争がない甲第六号証、証人大谷正二、秋山鉄雄の各証言及び原告本人尋問の結果(但し、原告本人尋問の結果はその一部)によると、次の事実を認めることができる。

被告はお茶の水女子大学(当時は東京女高師)附属小、中学校の運動場敷地として使用する目的で同大学に隣接する一帯の罹災地である本件土地を含む約千五百坪余を買い受けたのであつて、昭和二十四年二月の集会にはこれら土地の勧銀所有時代の借地権者ばかりでなく、当時本件土地上に建物を建ててこれに居住していた鈴木周作、大谷正二等をも招いた。

そして、被告はこれらに対し土地買受の事実とその使用目的を告げ、借地権者に対してはこれを買い取る旨を告げ、その後原告らはこれに応じ個別的に交渉に入つた。

しかしながら、その際、被告が原告に対して前地主と同一の条件で本件土地を賃貸する明示又は黙示の約束をしたと認めるに足りる的確な証拠はない。この点に関する原告本人尋問の結果は採用しない。

そして、以上に認定した買取交渉の事実もまた、本件土地を賃貸する黙示の約束と解することは困難であつて、この買取の交渉は原告らが罹災都市法所定の対抗力を有する借地権者であるならばこれを買い取ろうと云う趣旨に出たものと考えるのが相当である。なぜならば、かような対抗力を有しない借地権者に対してまで借地権を認めしかもこれを買い取るという意思が被告にあろうとは常識上とうてい考えられないからである。

もつとも前示証人大谷正二の証言及び同証言により成立を認め得る甲第八号証によれば昭和二十四年八月本件土地上に建物を建てて事実上本件土地の一部を占有していた大谷に対し被告が二十五坪の貸地を他に与えたことが認められるけれども、これは同証人の証言によれば被告が本件土地の明渡を求めるためにしたもので別段同人ないし原告にその権利のあることを認めたのでないことが明かであるから大谷に貸地を与えた事実は前示認定を妨げる資料とはならない。

(六)なお、同年八月に被告が原告主張のような約束をしたことを認めるに足りる証拠はない。

(七)昭和二十四年二月の集会で被告が本件土地につき原告が勧銀に対して賃借権を有していたことを認めたことはさきに認定したとおりであるが、それだからといつて、このことから被告が勧銀の原告に対する賃貸人の地位を当然に承継したことにならないことはいうまでもない。

仮にこの主張の真意を被告が原告に対し勧銀の賃貸人の地位をそのまま承継することを約束したという趣旨であると解しても、かような事実の認められないことは、さきに述べたとおりである。

三、以上のとおり、原告が本件土地につき被告に対して賃借権を有していた旨の主張はすべて理由がないから賃借権を有することを前提とする原告の本訴請求は、その他の点につき判断するまでもなく失当であつて棄却を免れない。よつて民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 古関敏正 裁判官 山本卓 松本武)

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